何もしない時期があってもいい

みんな生まれてから死ぬまで全速力で駆け抜けるなんて無理じゃないのか。

中には、もしかしたらそういう人もいるのかもしれない。

でも、私にはそれは無理なんだといつしか気がついた。

私と人の時間の進み具合は明らかに違う。

みんなができることが私にはできない。

そう思うことが多々ある。

以前は何故私だけできないのだろうか。

みんなはいろんなことを器用にこなしてすごいなと思っていた。

でも、みんな実は無理をしてこなしていることもある。

中には、それを当たり前にこなす人も当然いるが。

私は無理にこなそうとしても結局はうまくいかずできない。

もしくは、最初からやろうとしないのだ。

本当はみんなみたいに無理だと思ってもこなしてみるのがいいのだろうが
私には、それができないし、失敗する結末が見えてしまう。

もしかすると、心の中で失敗する未来を創り上げているから失敗するのかもしれない。

だとしても、成功する自分は思い描けないから仕方ない。

できることは、成功した自分を思い描ける。

これは、合格するだろうと思えば合格するし
今回は、無理だろうなと思えば案の定不合格だったり。

最初から、不合格になると思いながら受ける試験ほど無意味なものはない。

それでも、受けなければいけないことは多々ある。

もうそんなことをしたくないと毎回思うけどなかなかそのループからは抜け出せない。

何年か全速力で走り続けると、同じくらい休憩が欲しい。

むしろその倍欲しいと思うこともある。

洗濯機で激しくぐるぐる回されて窒息した後は、
カラカラに晴れた太陽の下で心地よい風に吹かれながら回復したい。

太陽の下で日向ぼっこしている時間が必ずしも無駄な時間ではない。

何もしてないように見えて実は進んでいる。

もしくは、その時が来るのを待ち構えている。

ずっとずっと待っている。

もしくは、それに向かって実は進んでいるんだと考えれば
今、この瞬間が無駄ではないと思える。

何もしない時期がいつまでも続くのではないかと思う。

このまま何も変わらない、何もない人生が続いていくのでは。

でも、そんなことは決してありえない。

自分がこの世界に生まれてきた意味、存在する価値に
遅かれ早かれいつかきっと気がつく時が来る。

それまで、気長に待っていればいい。

自分の生きがいを見つけることができるまで
ただ私はここに存在して生きていればいい。

その時が来るまで力を温存して生きていればいい。

今私にできることはそれだけだ。

自分の生きがいを見つけるためにまずは自分自身を深く知ること。

とにかく、自分のことだけ考える。

他人のことなんか今は考えている時ではない。

まず、第一に自分のことをかんがえる。

そして、初めて外に目を向けられるようになるのだ。

時間あってこそできる。

時間に追われるのは嫌い。

暇が最高。今のところは。